【眼の成人病−白内障】
                                      (財)航空医学研究センター
                          眼科主任 常 岡  寛
 T.はじめに
 白内障とは、眼の中でレンズの役目をしている水晶体が白く混濁した疾患です。濁ったレンズのために、外からの光が眼球内へ十分入らなくなった結果、視力障害をきたすこととなります。加齢が原因で発症する老人性白内障が最も多く、70才以上の人に多くみられる病気ですが、最近では50才台で白内障の手術を受ける人が増加してきました。白内障は、視力障害だけでなく、まぶしさが強く感じられたり、物がだぶって見えるなどの症状があるため、航空機の乗務にも重大な支障をきたす疾患です。

U.水晶体の構造と機能
まず最初に、正常な状態の水晶体についてその構造と機能を説明します。
1.構造(図1
 水晶体は、直径約9mm、厚さ4〜5mmの透明な凸レンズです。虹彩の後ろにあり、チン小帯という細い線維で支えられています。水晶体内には神経や血管がなく、水晶体嚢と呼ばれる膜状の袋に包まれています。前嚢は前房に接している膜であり、後嚢は硝子体に接している薄い膜です。前嚢の裏側には水晶体上皮細胞が一列に並んでおり、この細胞が水晶体の中身を形成する線維細胞を、生涯産生し続けます。したがって、水晶体嚢の中には線維細胞が木の年輪のように層状に規則正しく配列しており、皮質と呼ばれる組織が形作られています。皮質は柔らかい組織ですが、加齢とともに増加してくるため水晶体の中央に集積され、50才頃から核と呼ばれる硬い組織が形成されるようになります。
 

               図1.眼球と水晶体の構造

2.機能(図2) 眼球は2枚の凸レンズを持ったカメラにたとえることができます。主レンズが角膜で、補正レンズに相当するのが水晶体です。この水晶体は、角膜で屈折してきた透過光線をさらに屈折させて網膜上に焦点を合わせる働きがあります。しかし、カメラのレンズは焦点距離が一定であるのに対し、水晶体は弾力性があるためレンズの厚みを変えることによって焦点距離を自由に変えることができるという相違点があります。水晶体の厚みを増加させて焦点距離を短くすることによって近くの物体にピントを合わせることを調節といいます。加齢とともに水晶体が硬くなるため調節する力が衰え、老視すなわち老眼となります。
 
        図2.水晶体の機能(屈折と調整)
 V.白内障とは
 水晶体が混濁する原因にはいまだ不明の点が多いのですがが、形態学的には皮質・核を形作る水晶体線維細胞の走行が不整化したためであり、生化学的には水晶体を構成する蛋白質(クリスタリン)の変性によると考えられています。加齢による老人性白内障が最も多く、白内障全体の90%以上を占めており、70歳以上の80%程度の人が老人性白内障に罹患していると推定されています。そのほか、糖尿病や外傷が原因であるもの、アトピー性皮膚炎に合併するもの、ステロイド剤など薬物の副作用によるものなど、いろいろな原因によっておこる白内障 (表1) があります。先にも述べたように、最近では、50才台の人の原因不明の白内障が増えており、手術を受ける人の年齢が若くなっています。
  
1.白内障の原因による分類

 @ 老人性白内障(加齢による老化)        E 先天性白内障
  A 糖尿病白内障     F 放射線白内障      B 外傷性白内障
 G 併発白内障
(他の眼科疾患に併発)C アトピー性白内障  H 内分泌障害による白内障
 D ステロイド白内障      

 W.白内障の診断
1.自覚症状
 白内障の症状には、視力の低下・霧がかかって見える(霧視)・まぶしい(羞明)・片目で物が二重に見える(一眼複視)などがあります。これらの症状の程度は、水晶体が混濁している部位と程度によって異なります。老人性白内障では、通常の場合混濁が水晶体の周辺部から始まるため、その初期には自覚症状は軽度ですが、進行するにしたがって霧視や羞明を感じるようになります。そしてその混濁が中央部にまでおよぶと、視力低下が強くなります。(図3.図4)
 
 これに対して若年者の糖尿病・ステロイド・アトピー性白内障などでは、混濁の程度に比して視力障害が強かったり、視力検査では良好であるにもかかわらず本人の訴えが強いという症例をよく経験します。これは、混濁の部位が水晶体の中央にだけあって、瞳孔の中心にかかっている場合にみられます(図5
)。このような白内障では、眼に入ってくる光の量によって見え方が極端に変化するため、車の運転や航空機の操縦に際してはとくに注意する必要があります。
 
2.他覚的所見
 非常に細い幅の光を眼の中に入れると、角膜・前房・水晶体などの透明な組織の断面を鮮明に観察することができます。そこで、この原理を応用した細隙灯顕微鏡という装置を用い、水晶体の混濁部位と程度を観察します。白内障の原因によって混濁の部位や進行速度が異なるため、原因の検索をするとともに定期的な検査をすることが大切です。
  老人性白内障の初期(図3)では、混濁が周辺部だけにしかないため、散瞳薬によって瞳孔を拡大させないと混濁を発見できないことがあります。また、混濁の程度が進行して水晶体が膨化している場合(図6)では、散瞳によって隅角が閉鎖し、急性緑内障の発作が誘発されることがあります。暗い部屋に入ったり感情が高ぶった時なども瞳孔が開きますので、このような症例では注意を要します。なるべく早期に白内障手術を受けた方が良いということになります。









 隅角が狭くなり散瞳すると 緑内障発作を起こしやすい。

    図―6 膨化白内障
X.白内障の治療
1.薬物療法
 白内障の治療として点眼薬や内服薬などが使われています。しかし、残念ながら一度混濁した水晶体を再び透明にすることはできません。これらは白内障の進行をある程度遅くさせるためのものです。症状を改善させるためには手術が必要となります。
2.手術療法
 混濁した水晶体を摘出することによって、再び十分な量の光を眼底にまで到達させることができるようになります。しかし、それだけでは光の焦点を網膜上に結ばせて視力を回復させることはできません。そのため、従来は分厚い凸レンズの眼鏡やコンタクトレンズの装用が必要でした。 近年、術中に眼内レンズを安全に挿入することが可能となったため、術後快適な視機能が得られるようになりました。 最近の白内障手術の画期的な進歩により、白内障治療に対する概念が以前とは全く異なってきています。
1)手術適応の時期
 以前は手術の危険性と術後の不便さを考慮して、視力がかなり悪くなるまで手術の適応とはしませんでした。視力が0.1 程度にまで低下しなければ、手術適応とはされなかったのです。しかし、最近は手術の安全性が向上し術後の不便さも解消されたため、本人が日常生活や社会生活上不自由を感じるようになった時期が手術の適応時期であると考えられています。
したがって、患者の生活様式によって適応時期は異なっており、運転免許が必要であれば視力が0.6 でも手術適応となります。すなわち、手術の適応時期は視力の数値のみで決定されるものではなくなっています。
2)麻酔法
 従来より球後麻酔という麻酔法によって術中の疼痛と眼球運動を抑制するとともに、瞬目麻酔という麻酔法を併用して瞬きを抑制し、瞬目反射による眼圧上昇を予防していました。安全に手術を行うには大変効果的な麻酔法なのですが、麻酔投与時の疼痛が強いことと、稀に発生する合併症が問題でした。最近、麻酔薬投与時の疼痛を避ける目的で、テノン嚢麻酔や点眼麻酔のみで手術を行う術者が増えてきています。これによって、麻酔時も手術時も痛くない手術が実現しました。
3)水晶体摘出法
水晶体の摘出方法には、水晶体全部を取り除く水晶体嚢内摘出術(全摘出術)と水晶体の後嚢および前嚢の一部を残し、核と皮質を摘出する水晶体嚢外摘出術があります。
@ 水晶体嚢内摘出術(図7a)
 15年前までは最も広く行わ れていた手術法であり、冷却 した細い金属チップを水晶体嚢 に接触して癒着させ、上方の角膜輪部の切開創から水晶体 全体を眼外へ摘出する方法です。切開幅が14mm程度と眼球の約半分の広さを切開する必要があり、水晶体全部が取り除かれるため硝子体が前方移動しやすく、眼球への侵襲が大きい手術です。眼内レンズも安全に挿入しにくいことから、最近では特殊な症例にのみ適用されています。
A 水晶体嚢外摘出術
  前嚢の中央部分を切除して、水晶体の核と皮質を摘出する方法です。水晶体嚢が残っているため硝子体の前方移動がなく、袋状の水晶体嚢内に眼内レンズを挿入して固定させることができます。 皮質は柔らかいため小さな切開から吸い取ることができますが、老齢者の核は硬くて大きいため吸い取ることはできません。この核を取り除く方法には、計画的嚢外摘出術と超音波乳化吸引術の2種類の術式があります。

a.水晶体嚢内摘出術(全摘出術)        b.計画的嚢外摘出術
     
c.超音波乳化吸引術

      7.水晶体の摘出法

 計画的嚢外摘出術(図7b)は、硬い核をそのままの形で眼外に摘出する方法であり、約11mmの切開が必要となります。高価な装置を購入する必要が無いという利点がありますが、切開幅が大きく、術後に強い乱視を生じることがあります。超音波乳化吸引術(図7c)は、眼内で硬い核を超音波で細かく破砕しながら吸引する方法であり、現在最も広く普及しています。高価な超音波乳化吸引装置が必要であるとともに、白内障が進行して硬く大きくなった核を破砕するには熟練した技量が要求されます。また、水晶体の摘出は3mm以下の切開で行うことが可能であり、挿入する眼内レンズに合わせて切開を3〜6mmに広げます。
4)視力矯正法
術後に良好な視力を得るためには、摘出した水晶体と同程度の凸レンズを用いて焦点を網膜上に結ばせる必要があります。凸レンズを用いる方法として、眼鏡・コンタクトレンズ・眼内レンズの3種類がありますが、最近は殆どの症例で眼内レンズが使用されています。
  眼鏡装用(図8a)は、以前最もよく用いられていた視力矯正法ですが、非常に分厚いレンズを使用するため、像が30%も拡大されて大きく見え、しかも周辺の視野は狭くて歪んでいるため、社会生活を営む上でかなり不自由でした。


    a.眼 鏡               b.コンタクトレンズ
c.眼内レンズ               
          
              (正面図) (断面図)
 
             図8.水晶体摘出後の視力矯正法
 コンタクトレンズ(図8b)は、白内障用の眼鏡に比べ、より正常に近い大きさの像を得ることができるとともに、周辺の視野も広く像が歪むことがないので非常に有用なのですが、高齢者には取り扱いが大変面倒です。眼の状態によっては装用不可能なこともあり、眼内レンズの登場によって殆ど用いられなくなりました。
 最近では、白内障の手術で水晶体を摘出した際に、その替わりとして眼内レンズ(図8c)を挿入する方法が行われています。水晶体嚢外摘出術によって核と皮質がなくなった袋状の嚢内に後房レンズを挿入することにより、手術の安全性は確立されており、術後の視力矯正手段として最も優れています。当初は直径6mm程度のプラスティック製の光学部にループ状の支持部がついた眼内レンズを使用していましたが、現在では手術時の切開をできるだけ小さく(3〜4mm)するため、レンズの素材をシリコーンやアクリルソフトにし、レンズを折りたたんで眼内に挿入することができるようにしています。
 眼内レンズの登場により術後の視機能は飛躍的に向上し、術後の患者の満足度も高く、早期に手術を望む患者が著しく増加してきました。しかし、現在用いられている眼内レンズは人間の水晶体と全く同じ機能を持っているわけではありません。今後はヒト水晶体と同程度の光透過特性を持つとともに、調節力をも有する眼内レンズの開発が期待されています。
Y.おわりに
従来はお年寄りの病気というイメージが強かった白内障ですが、最近いろいろな原因によって若年者の白内障が増加してきており、航空機の乗員にとっても無縁の疾患ではなくなりました。霧がかかって見える、まぶしく感じる、などの症状が出現したら、視力の低下がなくても眼科専門医の診察を受けた方が良いと思います。
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