【睡眠覚醒リズムの基礎的知識と時差症候群】
                  財)航空医学研究センター
                    精神科非常勤医師 伊藤 洋
                                 (東京慈恵会医科大学 精神医学講座)
はじめに 
 睡眠は動物界に広く認められる普遍的な現象であり、人間にとっても人生の約1/3を占める重要な生体現象であると言えます。この睡眠に関する科学的な研究が始まったのは比較的最近のことですが、1953年にアメリカのAserinskyとKleitmanによってREM睡眠が発見されたことを契機に飛躍的な進展を見せています。そして現在では、毎日繰り返される睡眠と覚醒とを一つのリズム現象として捉える時間生物学は最も盛んに研究が行われている科学領域の一つと言えます。
 一方、睡眠障害は24時間社会、国際化社会、ストレス社会などと形容される現代社会において、その出現頻度が増加しており、最近の疫学調査では我が国や欧米諸国などの先進諸国では成人人口の20〜30%が何らかの睡眠障害に悩んでいると報告されているのです。特に月に数回以上の時差飛行、あるいは徹夜飛行を継続している運航乗員の皆さんにとって、睡眠障害は極めて日常的な問題であると思われます。
 こうしたことから、今回は睡眠覚醒リズムをはじめとする生体リズムに関する基礎的知識と乗員の皆さんにとって最も問題となる時差症候群における睡眠障害とその対応法について概説する事にします。
T.睡眠覚醒リズム

 人間の睡眠覚醒リズムは通常の日常生活においては、外界環境の24時間周期に同調した24時間の周期を示しています。
 しかし、図1に示すように外界からの時間の手がかり(time   cue)から遮断された洞窟や隔離実験室内などの特殊な条件下ではその周期が外界の24時間周期とは異なる25時間以上に変化してしまうことが知られています。この現象は睡眠覚醒リズムが外界の明暗周期などに依存した2次的な現象ではなく、体内に存在する生体時計により制御された1次的現象である有力な証拠であると考えられています。簡単に言えば我々は夜暗くなるから眠り、朝明るくなるから起きるのではなく、生体時計の指示で眠り、起きるのだということになります。そして、生体時計が刻む約24時間の周期は概日リズム(circadian rhythm:circa-約、dian-日)と名付けられているのです。我々の体内で概日リズムを示す生体現象は数多く知られており、睡眠覚醒リズム、体温リズム以外にも最近話題のメラトニン、ホルモンの一種であるコーチゾルリズムなどがあります。
       

  図1睡眠覚醒リズムの周期変化
 1.睡眠覚醒リズムの特性 
人間の睡眠覚醒リズムの最も大きな特徴は通常は同じ周期を示し、一定の位相関係を示す体温やメラトニンリズムなどとの間に位相関係の乱れ(内的脱同調:internal desynchronaization)を生じる場合があることです。内的脱同調とは同一生体内において異なる概日リズムが異なる周期を示すことをいい、睡眠覚醒リズムと体温リズムとの間だけでなく、睡眠覚醒リズムとメラトニンリズム、睡眠覚醒リズムとコーチゾルリズムとの間などで観察されることが知られています。
 また、睡眠覚醒リズムと体温リズムとの間には密接な関係があることが分かっています。つまり通常の日常生活(各種の生体リズムの関係に乱れが無いことから同調条件と言います)では両者の間には一定の位相関係が存在し、夜間体温が低下し始めてしばらくして(20〜0時頃)睡眠が始まり、その後体温が最下点(Nadir)を経て上昇し始めてしばらくすると(6〜8時頃)覚醒することが知られているのです。内的脱同調下ではこうした両者の位相関係が周期的に変化してしまい、体温の上昇相に睡眠が出現したり、体温の下降相で覚醒しているといった現象が生じる場合があります。こうした睡眠覚醒リズムと体温リズムとの位相関係の乱れにより、睡眠の持続や睡眠内容に種々の障害が生じることになるのです。そして、この内的脱同調が観察されるという事実は、生体には複数の生体時計が存在し、睡眠覚醒リズムと体温、あるいはメラトニンリズムとが異なる生体時計により駆動されているとする多振動体仮説の大きな根拠となっています。
 先に述べたように、人間の生体リズムの周期は24時間ではなく約25時間であることから、毎日何らかのサインを利用して(同調因子と言います)その周期を地球の自転によりもたらされる24時間の明暗周期に一致させる必要があります。従来は、人間の生体リズムの同調因子として、対人接触などの社会的同調因子(朝、会社や学校に行くために起きるといった事)が重要であると考えられてきました。しかし、最近の研究により人間においても他の動物と同様光が最も重要な同調因子であることが判明しています。 人間における生体リズムの光による同調は光に対する位相反応曲線(どの時刻に光を浴びると、生体リズムがどの様に変化するのかを示す曲線)に従って達成され、主観的朝の光によりリズム位相の前進が、主観的午後の光により後退が見られることが分かっています。また、この光による位相変化は主に体温リズムを支配する生体時計の同調様式と考えられています。
 
 2.生体リズムの多振動体モデル
 人間の各種生体リズムが2つの異なる生体時計による支配を受けていることは多くの研究者が一致して認めるところです。  しかし、生体時計の特性に関しては、2つの生体時計が共に自律性振動体(self-sustained oscillator:腕時計のような普通の時計)であるとする仮説と、体温リズムに代表される生体リズムは自律性振動体による支配を受けるが、睡眠覚醒リズムは緩振動体(砂時計のような時計)による支配を受けるとする仮説とがあります。以下に、それぞれのモデルについて簡単に説明することにします。
 1) Weverのモデル
 通常の日常生活(同調条件下)における生体リズムの動態は生体時計が一つのみ存在すると仮定する単一振動体モデルによっても説明可能です。しかし、時差症候群などにおいても認められる内的脱同調を説明することは不可能です。こうしたことからWeverは人間の生体リズムが異なる2つの生体時計により制御されていると仮定する多振動体モデルを提唱しています。図2にWeverの提唱する多振動体モデルを示しました。時計の大きさは振動の強さ(振動が強い時計とはその時計が狂いにくい正確な時計ということを意味します)を示し、大きな時計は振動体1と呼ばれ体温リズムやメラトニンリズムを制御しその周期は約24.8時間であり、小さな時計は振動体2と呼ばれ睡眠覚醒リズムなどを制御し、その周期は約36.0時間と推定されています。この二つの時計は自律性の振動(普通の腕時計のような特性)を示し、振動体1の振動の強さは振動体2の12倍であること以外、その特性は全く同一であると仮定されています。
 したがって、睡眠覚醒リズムは体温リズムなどに比較して狂いやすい、言い換えれば変化しやすい生体リズムであると考えられます。この仮説が提唱された当時は生体リズムの同調因子としては社会的同調因子が最も効果的な因子とされていましたが、その後の研究結果から光が最も効果的な同調因子として作用する事が明らかになりました。そして、これらの同調因子は2つの時計に等しく作用するとされています。


図2  Weverの多振動体モデル
 振動体の下には睡眠覚醒リズムや体温リズムなどの表現形リズム(Overt rhythm)が示されています。Weverのモデルの特徴は全ての表現形リズムが程度の差はあるものの、2つの生体時計からの制御を同時に受けているとしている点であり、生体時計から表現形リズムへの線の太さが制御の強さを示しています。これは、内的脱同調下において各種生体リズムの周期を分析すると、主たる支配を受けている時計の周期以外にも、解離したもう一つの時計の周期が現れることを根拠にしています。すなわち、通常の生活においては2つの生体時計は協調してあたかも1つの時計のように振る舞っていますが、内的脱同調など特殊な条件下においてはそれぞれの時計は固有の周期でリズムを示してしまい、従って各々の時計による支配を受けている生体リズムも異なる周期を示してしまうと言うことになります。  
 2) Two-process モデル
 図3にDann, Borbelyらによるtwo-processモデルを示しました。このモデルの特徴は睡眠覚醒リズムを先に述べたWeverのモデルの様な自律性振動体(腕時計型の時計)ではなくプロセス-Sと呼ばれる砂時計型の時計(弛緩振動体)による支配を受けるとしている点にあります。プロセス-Sとは覚醒中に睡眠閾値に達するまで増加し、睡眠が開始されることにより反転し、覚醒閾値に達するまで減少する過程のことであり、その実態は覚醒中に体内で生産される何らかの睡眠物質が想定されています。
 一方、プロセス-Cとは自律性振動体の支配を受け、睡眠と覚醒との閾値とを決定している過程であるとされ、体温リズムがこれに相当するとされています。このモデルによれば、覚醒中に増加するプロセス-Sがプロセス-Cにより決定された睡眠閾値に達すると睡眠が開始され、それにより減少したプロセス-Sが覚醒閾値に達すると睡眠が終了することになります。

図3Tow-process モデル
 このモデルは、睡眠の恒常性維持機能を考慮した点に特徴があり、生体リズムの内的脱同調、睡眠の体温リズム依存性、断眠後の睡眠変化などを上手く説明することが出来る興味深いモデルと言えます。以上、ヒトの概日リズムを制御している生体時計の代表的なモデルを紹介しました。しかし、いずれのモデルも完全なものとは言えず、今後さらにその妥当性を高めるための検討が必要であると思われます。
 3.メラトニン
 最近話題となっているメラトニンは脳内に存在する松果体という所で必須アミノ酸の一つであるL-トリプトファンから合成されるホルモンであり、暗期に著しい高値を示し、明期にはほとんど分泌されないという著明な概日リズムを示すことが知られています。このメラトニンの生理機能に関して不明な点も多くその全てが解明されているとは言えないのが現状です。つまり鳥類、魚類、爬虫類においては季節性変動の情報伝達に関与したり、リズム情報を生体全体に伝達する機能を持つとされ、また一部のほ乳類においては生殖機能に関与していると考えられていますが、人間における機能に関しては不明な点が多いのです。 
 ただし、最近になり人間においても外因性のメラトニン投与により生体リズムの位相変化が生じることが報告され、メラトニンは人間において生体リズムの調節機能に関与している可能性が示唆されています。
 こうした特性を持つメラトニンは先述したように夜間に高値を示し、日中にはほとんど分泌されないという著名な概日リズムを示します。しかもこのリズムは夜間断眠中にも分泌亢進が生じ、日中の昼寝においても分泌亢進が生じないことから睡眠依存性の無い、言い換えれば脳内の生体時計による制御を受けている内因性のリズムと考えられています。      
 U. 時差症候群
  4〜5時間以上時差のある地域を航空機で移動すると時差症候群と呼ばれる一過性の心身機能の不調和状態が出現することが知られています。この時差症候群を予見する所見は、1931年に小型機で世界一周飛行を行なったWily Postにより報告されましたが、社会問題として注目されるようになったのはジェット旅客機による長距離飛行が一般化した1960年代後半以降のことです。時差の大きい国際線を運航している運航乗員の皆さんにとって日常的に経験する問題ですが、最近の急速な国際化とそれに伴う国際交流の増加により、一般旅行者の間でも「時差ボケ」として広く知られるようになっています。
 時差症候群に関する研究は1952年Strugholdにより開始されましたが、睡眠ポリグラフ(polysomnography :PSG )を用いて時差と睡眠障害との関連を本格的に検討しようとする研究が開始されたのは1970年代以降のことです。
 1.時差症候群の症状とその成因
 表1に257名の航空乗務員を対象とした時差症状に関する調査結果を示しました。表からも睡眠障害の出現頻度が67.3%と最も高く、次いで日中の眠気16.7%、精神作業能力の低下14.4%、疲労感10.5%のなどの出現頻度が高いことが分かります。これより、睡眠障害と日中の眠気を合わせた睡眠覚醒障害が時差症候群の最も重要な症状であると考えられます。
表1 時差症候群の症状修験頻度(N=257)

時差症状あり

227

88.3%

時差症状なし

25

9.7%

時差症状

人数

(回答重複あり)

睡眠障害

173

67.3%

眠  気

43

16.7%

精神作業能力低下

37

14.4%

疲労感

27

10.5%

食欲低下

26

10.1%

ぼんやりする

24

9.3%

頭重感

15

5.8%

胃腸障害

11

4.3%

眼の疲れ

6

2.3%

10

その他(吐き気・イライラ)

8

3.3%

 これまでの研究から、時差症候群が発生する原因としては生体時計と到着地での生活時間との間に生じる脱同調(到着地は昼なのに生体時計の時刻は夜中であるといった状態:desynchronaization)と、生体リズムが現地時間へ再同調して行く過程で異なる生体リズム間に生じる内的脱同調とが考えられています。先に述べたように、生体内には睡眠覚醒リズム系を制御する振動力の弱い生体時計(時間が狂いやすい時計)と、体温リズムやREM睡眠を制御している振動力の強い生体時計(時間が狂いにくい時計)との2種類の生体時計が存在することが明らかになっています。時差飛行の後、目的地に到着した時点ではこれら2種類の生体時計は共に出発地時刻でのリズムを維持しています。したがって到着地での生活時間と生体時計が刻んでいる時刻との間に脱同調が生じることになるのです。
 到着後、各種生体リズムは現地時間へ再同調して行くことになりますが、再同調の速度は生体リズムの種類により異なることが知られています。すなわち、振動力の強い生体時計による制御を受けているメラトニンや体温のリズムは、振動力の弱い生体時計による制御を受けている睡眠覚醒リズムに比較して再同調に要する時間が長いのです。したがって、再同調過程において、異なる生体リズム間に内的脱同調が生じることになります。以上述べた要因に夜間飛行中の睡眠不足や機内の低酸素、低気圧といった特殊環境などの要因が加わり時差症候群が形成されると考えられています。
 2.飛行方向と時差症状
 時差症状の程度は飛行方向、個人差(朝型、夜型、性格)、年齢、到着地における同調因子(明暗、社会的接触)の強さなどにより異なることが知られています。中でも飛行方向は大きな要因であり、日本からヨーロッパ方向への西方飛行に比較して、アメリカ方向への東方飛行に際して時差症状、特に睡眠覚醒障害が強く認められることが知られています。
 図4に同一被験者が西方飛行(ローマ)と東方飛行(サンフランシスコ)を行った際の活動計(ミニモーションロガー:手首に付けたセンサーで運動を関知する装置)により記録した睡眠覚醒リズムを示しました。
図からも東方飛行後のサンフランシスコにおいては日中の活動性が低下し、夜間睡眠中の中途覚醒や体動が多く、睡眠が障害されていることが分かります。一方西方飛行後のローマでは、到着第一夜後半部での体動がやや目立つものの、その後の夜間睡眠は良好であり、日中の活動性も保たれていることが分かります。  
 

図4飛行方向による睡眠覚醒障害の差異
 また、PSG(睡眠ポリグラフ)を用いた研究から飛行方向によりREM睡眠を中心とした睡眠内容にも大きな変化が生じることも明らかになっています。つまり、図5に示したように東方飛行後の夜間睡眠では@REM睡眠の減少、AREM潜時の延長及びBREM睡眠の睡眠内周期の乱れが認められるのに対し、西方飛行後の夜間睡眠では@REM睡眠の増加、AREM潜時の短縮及びB睡眠前半部におけるREM睡眠の持続時間の延長が認められるとされているのです。
 飛行方向により睡眠内容に大きな差異が生じる理由としては、飛行の方向により生体時計の刻んでいる時刻と到着地での生活時間との位相関係が異なるためであると考えられています。つまり、東方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は、到着時点では出発地におけるリズム位相(時刻)を維持している生体時計にとっては午後から夕刻にかけての時間帯に相当し(日本で夕方に仮眠を取る状態)、したがって入眠も困難であり、一旦入眠しても、睡眠の維持が困難になります。またREM睡眠は早朝から午前の時間帯にその出現量が増加し、午後から夜間にかけては出現量が減少するというリズム性を持つことが知られています。このREM睡眠のリズム性は到着後もしばらくの間はそのまま維持されるため、REM睡眠の減少という睡眠内容の変化が生じることになるのです。一方、西方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は生体時計にとっては早朝から午前にかけての時間帯に相当し(日本で早朝まで断眠した後の睡眠に類似している)、したがって入眠も良好であり睡眠の継続性も比較的保たれることになります。またREM睡眠に関しては、生体時計の位相がREM睡眠出現量が増大する位相に当たる事からREM潜時の短縮、REM睡眠出現量の増加といった睡眠内容の変化が認められることになるのです。
 
          
   図5
飛行方向による睡眠内容の差異
  3.到着後の経過
 時差により障害された各種生体リズムは現地での時間経過と共に現地時間へ再同調して行くことになります。しかし、再同調過程でのリズム変化は飛行方向により異なり、東方飛行後の再同調は生体リズムの位相前進(時計の針を遅らせる方向)により、西方飛行後の再同調は位相後退(時計の針を進める方向)により再同調が達成される事になります。先に述べたように生体リズムのリズム周期は24時間以上(約25時間)であることから、位相前進は位相後退に比較して困難であり、したがって東方飛行後のリズムの再同調には一定以上の時間が必要となります。言い換えれば、西方飛行に比較して東方飛行後の時差症候群の解消には時間を要することになるのです。
 時差症候群の再同調過程に関しては現時点においても必ずしもその全てが解明されているとは言えませんが、いくつかの検討は行われています。例えば、我々が時差8時間のサンフランシスコ到着後の時差症候群の経過を検討した研究では、睡眠内容に関しては到着第3夜までは睡眠効率の低下、REM睡眠の減少などの睡眠障害が認められますが、到着5夜以降で日本における睡眠内容とほぼ同様の内容に回復し、またコーチゾルリズムの回復には7日以上を要するとの結果が得られています。つまりサンフランシスコへの飛行による時差症候群が完全に解消されるには少なくとも1週間以上を要すると考えられるのです。また、再同調過程をより詳細に検討することを目的としたシミュレーション実験も行われています。Honmaは隔離実験室を用いてサンフランシスコへの東方飛行をシミュレーションし、メラトニン(血中メラトニンリズムは生体時計を正確に反映する良い指標と考えられています)を指標に再同調過程を詳細に検討しています。その結果を図6に示しましたが、低照度条件(日の光を浴びずホテルの室内で生活する様な環境:図6中 ---○---Bright light(-))では睡眠覚醒リズムを8時間位相前進した後(サンフランシスコへの東方飛行に際しての位相変化と同等)メラトニンリズムの現地時間への再同調は到着8日後においても完全には達成されていない事が分かります。シミュレーション実験では心理的要因、隔離実験室内での生活という特殊な環境などの要因から、実際の時差状況を完全にシミュレートしているとは言えないものの、時差飛行後の生体リズムの再同調、言い換えれば時差症候群の完全な解消にはかなりの時間を要することを示す結果と言えます
図6メラトニンリズムの再同調過程
 4.時差症候群への対応法 
 その成因から考えて、時差症候群の短期間での解消は、生体時計の現地時間への再同調を促進することにより達成されることが期待されます。再同調を促進する方法としては、生体リズムの位相変化を促進させる薬物(chrono-biological drug)に関する研究も行われてはいますが、まだこれといった薬物は開発されておらず、現時点では高照度光やメラトニンの利用が現実的であろうと考えられます。ただし、メラトニンは米国ではドラグストアーで簡単に手に入る薬物ですがFDA(米国食品医薬局)の認可は受けておらず、日本ではホルモン剤扱いとされ、容易には手に入れることは出来ず、乗員の方が使用するのは慎重であるべきことを知っておくべきでしょう。
 光が時差症候群の解消に有効であることは経験的にはかなり以前から知られていましたが、本格的な研究が開始されたのは極く最近になっての事です。先に述べましたように、高照度光による位相変化は位相反応曲線にしたがって達成され、主観的朝の高照度光により数時間程度の位相前進が、主観的夕刻の光により位相後退が生じることが判明しています。この高照度光の位相変位作用を利用した時差症候群解消法を時差症状が著明に出現する東方飛行を例に考えることにします。先述のように東方飛行後の生体リズムの再同調はリズム位相の前進により達成されることが分かっています。したがって、再同調を促進するためには到着地における光を主観的朝(現地時間の午後の時間帯)に浴びることが有効であると考えられます。図6においても、高照度光照射(図6中 ---●--- Bright light(+))によりメラトニンリズムの再同調がより短期間で達成されていることが分かります。
 また、最近Lewyらによりメラトニンも生体リズムの位相変位作用を持つことが報告されています。これによれば、午後の時間帯のメラトニン投与により生体リズムの位相前進が、朝の時間帯の投与により位相後退が認められるとされており、メラトニンの位相反応曲線は光の位相反応曲線のほぼ逆の形をしたものと考えられます。このメラトニンを用いた時差症候群解消に関する実験も行われています。Arendtらは17名の被験者を対象にサンフランシスコからロンドン間の飛行に際してメラトニンあるいは偽薬を二重盲検法で投与し時差症状に与える影響を検討しています。その結果、時差症状はメラトニン投与群で有意に軽度であり、睡眠障害の回復も短期間で達成されたと報告しているのです。
 おわりに
 以上、生体リズムの基礎的知識、および時差症候群の症状、成因、治療戦略などについて、主に時間生物学的観点から概説しました。時差症候群は社会の国際化を反映した病態であり、その臨床的重要性は航空機乗員の皆さんにとってだけでなく一般の人にとっても今後益々高まって行くものと考えられます。本稿が皆さんの時差症候群対策に少しでもお役に立てれば幸いです。

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