パイロットと高血圧

(財)航空医学研究センター
研究指導部長 三浦靖彦

はじめに
 世界中に6億人、つまり10人に1人の高血圧患者がいるといわれており、年間300万人近くが、高血圧が原因で死亡していると推定されています。一方、わが国では推定3,300万人、つまり、日本人4人に1人が高血圧で、さらに増加中といわれており、日本人には高血圧が多いことが知られています。
 このように、ありふれた病気とも思える高血圧ですが、パイロットという職業と関連させて考えてみると、どのような意味があるのでしょうか?
 高血圧は冠動脈疾患や脳血管疾患の危険因子としてよく知られています。つまり、パイロットにとって一番恐ろしい突発的機能喪失(Incapacitation)を引き起こす主要な病気(狭心症・心筋梗塞・脳梗塞・脳出血など)の原因であることから、決して軽く考えてはいけない病気なのです。幸い、パイロットの方たちは、航空身体検査の受検が義務づけられているため、最低でも年に1回は血圧を測定する機会があるわけです。つまり、高血圧を早期に発見し、早期から治療を受けるチャンスがあるという考え方もできます。
 そこで、今回は高血圧について考えてみることといたします。

血圧の測定方法
 高血圧の診断のためには、正しく血圧が測定されることが必要であることはいうまでもないことです。では、正しい血圧の測定方法とは、どのような方法なのでしょうか?
「少なくとも15分間以上の安静の後に、座位で測定する」ことが原則となっています。また、その際に用いられる血圧計は、水銀血圧計または、それと同等の精度を持つ自動血圧計とされています。したがって、歩行や運動直後に測定された血圧は、あくまでも目安でしかないことを覚えておく必要があります。また、細かいことをいうと、カフェイン摂取後や、喫煙直後も血圧が上昇するといわれていますので、注意が必要です。

白衣高血圧(白衣現象)
 よく、家庭やトレーニングジムで血圧を測ると正常血圧なのに、病院で測定すると高くなってしまうという人がいます。これは、医師や看護婦の前で緊張することにより、血圧が上昇してしまうためであり、「白衣高血圧」と呼ばれています。また、既に高血圧症と診断され、降圧薬を飲んでいる人が、自宅よりも病院で血圧が高くなってしまう場合は「白衣現象」と呼ばれています。白衣高血圧であると確定するためには、家庭での血圧をこまめに測定し、普段は血圧が正常範囲内であることを示すか、24時間連続血圧測定器(ABPM)という簡単な器具を装着し、病院以外では血圧が正常範囲内であることを示す必要があります。
 では、白衣高血圧は治療する必要があるのでしょうか? この問題に関しては、賛否両論があり、現段階でも一定の見解が得られておりません。普段の血圧の程度にもよりますので、白衣高血圧といわれた方は、その後の方針について、信頼できる医師に相談するのが得策と思われます。
私ども(財)航空医学研究センターでは、診察時の血圧が基準を超えていたとしても、その時だけの数値でもって不合格とはしておりません。気持ちをリラックスできるよう心がけていただき、何度となく血圧を測定し直しますし、それでも高い場合は、後日再検査を行うか、各航空会社の医務室で数日間血圧測定をしていただき、基準内に収まっていることが確認できれば、航空身体検査証明を発行します。このように、血圧測定は一発試験ではありませんので、あまり緊張しないで受検していただければと考えています。

高血圧の基準
 世界保健機構(WHO)では、従来血圧の基準(正常範囲)を収縮期160mmHg、拡張期95mmHg未満と定めていましたが、1999年、新たな基準として収縮期140mmHg、拡張期90mmHg未満へと変更しました。これを受けて、2000年に日本高血圧学会も血圧の基準(表1参照)を変更するとともに、治療のガイドラインを発表しました。これは、早期から高血圧の診断をおこなうことにより、早期から治療を開始し、高血圧関連の合併症の進展を予防しようという考えからの変更といわれています。
分 類 収縮期血圧(mmHg)   拡張期血圧(mmHg)
至適血圧 <120 かつ <80
正常血圧 <130 かつ <85
正常高値血圧 130〜139 または 85〜89
軽症高血圧 140〜159 または 90〜99
中等症高血圧 160〜179 または 100〜109
重症高血圧 ≧180 または ≧110
収縮期高血圧 ≧140 かつ <90

表1. 日本高血圧学会による成人における血圧の分類(JSH2000) 
 一方、わが国の航空身体検査基準では収縮期160mmHg、拡張期95mmHg未満と、従来の高血圧基準がそのまま採用されています。欧州の基準(Joint Aviation Requirement; JAR)でも、同様の数値基準ですが、米国Federal Aviation Requirement; FARでは収縮期155mmHg、拡張期95mmHg未満と、若干低めに規制されています。
 では、WHOの基準との違いをどのように理解したらよいでしょうか?
 WHOの基準は、上述のように、10年、20年と言った単位での合併症の進展予防・個人の生涯の健康保持といった点に重点が置かれているのに対して、航空身体検査基準は、断面的な検査であり、証明期間(半年から1年)における突発的機能喪失(Incapacitation)の予防に重点が置かれています。すなはち、基本コンセプトの違いと解釈するのが妥当ではないかと考えます。

高血圧と診断されたなら…
 「まずは塩分制限」
 我々日本人の高血圧に関する特徴として、代表的な問題は「塩分摂取量」の問題があげられます。平均的な日本人の場合、一日平均およそ13gの塩分を摂取しているといわれています。たとえば、米国人では、一日平均5〜7g前後といわれていることを考えてみれば、いかに我々がたくさんの塩分を摂取しているかが理解できると思います。
 したがって、高血圧治療の第一歩は「塩分制限」です。
 高血圧治療のために入院すると、一日の病院食に含まれる塩分はだいたい5〜7gに制限されますので、それを目標に塩分制限を開始しましょう。といっても、みなさんに栄養士が常についていてくれるわけではありませんので、長続きできる塩分制限の秘訣を紹介しましょう。先ず、自分がよく口にする塩分の多い食品をリストアップしましょう。それらの食品を全く口にしないようにできればよいのですが、人によっては、「それなら、生きている意味もない」などとおっしゃる人もいますし、決して長続きしませんので、それらの食品の摂取量をできれば半分に、少なくとも3割引に制限できるよう心がけてみてください。それと同時に、家庭で使用する醤油は、「無塩または減塩醤油」に変えてみてください。10年ほど前の減塩醤油とちがい、最近では、ほとんど味の変わらないものが多く出回っておりますので、ご自分の舌にあう製品を探してみるのも良いのではないでしょうか。このような塩分制限を2ヶ月も実施すれば、効果が見えてくるはずです。表2,3に代表的な調味料および食品に含まれる塩分量を示しましたので、参考にしてください。
調味料 小さじ1(5ml)
5.0g
醤油 0.9g
味噌 0.7g
ソース(ウスター) 0.4g
ケチャップ 0.2g
マヨネーズ 0.1g
コンソメ 2.9g
 表2.調味料の塩分含有量

食品 塩サケ アジ干物 たらこ しらす干し イカ塩辛
常用量 1切れ(60g) 40g 1/2腹(40g) 20g 30g
塩分量 4.9g 1.2g 2.6g 2.4g 3.4g
食品 梅干し 野沢菜 たくあん 白菜漬け あさり佃煮
常用量 1個(10g) 50g 厚切り2枚
(30g)
50g 30g
塩分量 2.1g 1.8g 2.1g 0.9g 2g
食品 ソーセージ さつま揚げ プロセス
チーズ
ロースハム 食パン
常用量 50g(3本) 2枚(100g) 2切れ(40g) 2枚(40g) 8枚切2枚
(90g)
塩分量 1.2g 2.5g 1.1g 1.1g 1.2g
  表3.主な食品中の塩分含有量

食品 ラーメン 鍋焼きうどん 天ぷらうどん 牛丼 カツ丼 中華丼
塩分 5.9g 6.0g 3.0g 3.8g 3.5g 1.9g
食品 釜飯 にぎり寿司 ちらし寿司 ビーフカレー カツカレー チャーハン
塩分 2.9g 3.9g 3.4g 2.8g 3.8g 2.7g
食品 サバ味噌煮
定食
幕の内弁当 ソース焼きそば スパゲティ
ミートソース
ホットドック チーズバーガー
塩分 5.1g 5.4g 2.7g 5.4g 2.2g 1.2g
  表4.主な外食に含まれる塩分
 「生活習慣の改善」
 高血圧の治療として、「塩分制限」とともに「生活習慣の改善」も大切です。
 肥満気味の人は減量を心がけ、お酒を飲む人の場合は、摂取量を減らす必要があります(日本酒であれば一日平均1合以下が目安)。また、コレステロールや飽和脂肪酸の摂取を減らすこと、カリウム・カルシウム・マグネシウムの摂取量を増やすこと、有酸素運動を増やす、禁煙、ストレスを減らす、などが高血圧治療の第二の柱となります。
  「降圧薬の内服開始」
 それでも、十分な降圧効果が認められない場合は、降圧薬の内服を開始しましょう。最近の降圧薬は非常によく研究されていますので、副作用もほとんど出ませんし、血圧を下げるだけでなく、脳卒中や心筋梗塞の予防効果や、心臓・腎臓など重要な臓器の機能を保護する作用が認められている薬剤が数多く出回っておりますので、前述のように、早い段階から降圧薬の内服を開始し、高血圧関連合併症の進展を一日も早く断ち切ることをお勧めします。

おわりに
 各国の航空身体検査基準においては、前述の基準の設定だけではなく、同時に血圧の治療薬(降圧薬)の使用も認められています。つまり、血圧の高い人の場合、きちんと治療を受けることにより、血圧が基準内にコントロールされ、なおかつ、薬剤の副作用がないことが証明されれば、航空身体検査証明が発行されます。わが国においても、平成7年の基準および同マニュアルの改定以来、4種類の降圧薬に限り、その単独使用が認められました。また、今秋の基準改訂の際には、5種類までの降圧薬の同時使用(3種類まで)も認められる予定です。ですから、基準値ぎりぎりの血圧で我慢をしているうちに高血圧関連の合併症を進展させてしまうなどということがないように、航空身体検査基準内であっても早めの治療を強くお勧めします。特に、パイロットの皆さんに考えてはいただきたい事は、「いつも、すれすれで血圧をクリアーしているからといって、放置しておいてよいか」という点です。パイロットの業務には、悪天候やハードランディング等、強いストレスが加わる環境が常に存在しています。安静時の血圧が正常範囲内であっても、このような環境下では予想もできないほどに血圧が上昇する可能性が考えられます。したがって、個人的には、身体検査基準を目標とするのではなく、十分な安全マージンを確保した血圧を目標としていただきたいと考えております。航空身体検査にパスすることのみを目標とするのではなく、生涯設計の上に立った健康管理を心がけていただけることを信じて、今回のお話を終わらせていただきます。
参考文献
特集 高血圧のすべて. 医学のあゆみ 189巻9号 1999年

特集 高血圧 −新基準と治療方針−. 総合臨床 49巻3号 2000年

特集 高血圧症. 日本臨床 59巻5号 2001 

久代登志男, 他:高血圧・心臓病の食事療法. 医歯薬出版株式会社 1999 東京

女子栄養大学出版部 編:毎日のおかず640種のエネルギー・塩分・たんぱく質ガイドブック. 女子栄養大学出版部 1999 東京