欧米の航空身体検査制度について
運輸省(現国土交通省)は、平成9年6月に「欧米の航空身体検査証明制度に係る実態調査」を当航空医学研究センターに依頼し、平成11年6月に、その報告書をとりまとめた。ここでは、その報告の概要を紹介することにします。
1.米国における航空身体検査制度
1.制度の概要
航空身体検査証明制度に関する法律は、1926年(昭和元年)に制定されたThe Air Commerce Actに始まっている。1938年に制定されたThe Code of Federal Regulations(14CFR Part 20 and 21,1938)には、航空機乗員に対する最小限の身体的要件が示された。しかし、当時は身体検査証明書が用意されておらず、技能証明を取得する前に身体検査が求められたにすぎなかった。1942年になり、現行と同じ第1種、2種及び3種の身体検査証明制度が確立された。
制定された身体検査基準に適合しない場合には"special issuance"の規定を設け、安全な運航を阻害しないことを確認して身体検査証明を交付する制度を確立している。1959年には身体検査基準が大きく変更されて、第1種の基準に心筋梗塞や他の心血管系状態を確認するための心電図検査、一般的な身体状況及び神経系に関する基準が設けられた。
医学の進歩に合わせて、基準に適合しない多くの乗員にも制限付きの"special issuance"を交付している。 1971年2月には、この権限がFederal Air Surgeonに委譲されている。また、1982年には"special issuance"の対象外とされていた9項目の不適合疾患のうち、心血管系疾患及びアルコール中毒については第3種に限り"special issuance"を交付することになった。
FAAの要請により、身体検査基準を示すPart 67(FAR)の見直しがAmerican Medical Association (全米医学会)に依頼されていたが、1986年3月にその報告書(AMA-Report)が提出された。FAAは10年の検討の後、1996年9月に航空身体検査基準の全面的改正を行い、現在に至っている。
- 航空身体検査証明の種類
航空身体検査証明は、三種類に分けられている。
第1種:定期運送用操縦士
第2種:事業用操縦士、航空機関士、航空士、
航空管制官(FAAの雇用者を除く)
第3種 :自家用操縦士、制限付自家用操縦士、飛行訓練生
(グライダー,気球操縦士には航空身体検査証明を求めていない)
- 申請者の実数
航空身体検査証明の申請数は、1997年末における1年間の集計では447,937名であった。第3種の航空身体検査証明の有効期間が2年間であり、しかも40歳未満では3年間であることを考慮すると、実際の航空身体検査証明申請者はこの数よりも遥かに多いものと思われる。447,937名の内訳は第1種 185,894名、第2種 100,786名、第3種 161,257名となっている。
- 航空身体検査の実態(AMEの種類、検査マニュアル、判定等)
航空身体検査は、Aviation Medical Examiners(指定医、以下 AME)のmedicalofficeで所定の検査を実施する。AMEは自らが検査と判定を行うが、他科の専門医に検査を委託することも可能である。AMEの資格には二種類あり、第1種から第3種までの身体検査証明を行うSenior AMEと第2種と第3種の証明だけを行うAMEとに分けられる。
所定の検査とは航空身体検査証明申請書にある診察及び検査項目を指すが、実際の診察や検査法及び判定方法に関しては、FAAが出しているGuide bookである「Guide for Aviation Medical Examiners」(以下「Guide for AME」という)に則って実施することになっている(わが国の航空身体検査マニュアルに相当する)。 Guide for AMEには、AMEが必ずdenial(不適格)とすべき15疾患が明記されており、また航空身体検査証明申請書に記載されている各項目毎に検査方法と判定についての詳細な解説が加えられている。
基準に適合していると判断した場合には航空身体検査証明を交付して、14日以内に申請書をCAMI(Civil Aeromedical Institute)に送付する。心電図の記録も全てFAX、ハードコピー等により伝送することになっている。
15疾患以外でもGuide for AME に照らして不適格と判断した場合には、保留としてCAMIに判定を委ねる仕組みになっている。
1997年には、AMEにより6,331件の申請がdenial又はdeferralとされ、CAMI から特別認可(Special Issuance,AuthorizationかSODA)の適用を受けている(申請数447,937名の1.4%に相当する)。一方、航空身体検査証明が最終的に不適格と判定された申請は、518件を数えている。
- 申請書の管理
AMEが実施した航空身体検査の申請書は、14日以内にCAMIのAAM-300(Certification Division)に届けるよう指導されている。届けられた申請書は、29名のLegal Instrument Examinerと呼ばれる職員によってコンピューターに入力される。入力に際して、55%程が申請書の記載不備・不明瞭な内容等によりRejectされる。そのなかには、内容を改めて検討するものもあり、AMEや申請者に連絡をとり追加情報を求めることもある。時には、申請書の内容からAMEが交付した証明書を回収することもあり、FAAは交付された証明書の適否について、検査開始日から60日以内にその最終的な結論を出している。特に、申請書の第60項の医師記入欄への記載が重要視される。
AMEが不適格或は判定を保留にする申請書は6,000〜7,000件/年であるが、コンピューターの入力時にRejectされた申請例も含めて、AAM-310(Review Branch)が日々の判定作業として処理している。
- AMEが必ず不適格と判定するべき15疾患(状態)
Guide for AME には15 disqualifying conditions(不適格状態)が明記されているが、アンダーラインを付した7疾患は1996年9月の改訂により新たに加えられたものである(内容の再検討により、名称を変更したものを含む)。これらの不適格状態も"special issuance"の対象になる。
1)真性糖尿病 − インスリン又は血糖降下薬を必要とするもの
2)狭心症 − 病歴又は臨床診断がないこと
3)冠動脈疾患 − 治療を受けているもの又は未治療でも症状のあるもの或は臨床的に重大であるもの
4)心筋梗塞 − 病歴又は臨床診断がないこと
5)心臓弁膜の置換術 − 病歴又は臨床診断がないこと
6)心臓ペースメーカーの植え込み − 病歴又は臨床診断がないこと
7)心臓移植 − 病歴又は臨床診断がないこと
8)精神病 − 妄想、幻覚や奇怪な行動をする精神障害(異常)で、分裂病、抑鬱病、ある種の双極性感情障害も含まれる
9)双極性感情障害 − 気分と活動性が著しく乱されるが、精神障害とまでは言えない状態の躁鬱病を中心とした感情障害
10)人格障害 − 明白な行動として反復して現れる重大なもの
11)物質依存 − Alcohol、鎮静剤、睡眠剤、抗不安剤、モルヒネ、幻覚剤交感神経刺激剤(コカイン、アンフェタミン)等を指す
12)物質乱用 − Drug testで11)の物質が陽性として検出されたもの
13)てんかん − 病歴又は臨床診断がないこと
14)意識障害(昏迷)− その原因に関する十分な医学的説明のなされないもの
15)神経系機能の一時的喪失 − その原因に関する十分な医学的説明のなされないもの(一過性の記憶喪失(健忘)等)
- 航空身体検査基準の改訂
米国のMedical Certification制度は1926年の The Air Commerce Actに始まっている。1996年9月にはPart 67,Medical Standardsが改訂された。
その10年前の1986年には、FAAが航空医学基準の見直し調査を依頼していた米国医学会報告書(American Medical Association-Report)が報告されている。その後、1994年10月にはFederal Registerに米国医学会報告書を踏まえたProposed Rulesが提示されて、関係者(各種団体、個人、検査医等)からの意見を聴取している(米国医学会報告書で指摘された改正勧告を採用していない部分もある)。
FAAはこのProposed Rulesとして 23項目におよぶ改訂案を提示したが、訂正を加えたり提案を撤回したものも見られる。このような経緯により1996年9月の改訂に至ったが、心臓弁膜の置換術後の申請者、心臓移植者や永久的心臓ペースメーカーの植え込み者はdisqualifying conditionとして新たに追加されたものである。
一方、第2種申請者には、これまでは求めていない安静時心電図の記録を提案したが、撤回している(35歳になった最初の検査時、40歳からは2年毎に記録する)。また、第1種の50歳以上の申請者には、血液中の総コレステロール値を測定するとの提案も撤回し、血圧基準の提案(150/90 mmHg,全クラス、年齢に関係なく)も撤回している。
- AME(指定医)の現状
AMEにはphysicianとして、medical doctor又は doctor of osteopathy(整骨療法医)の資格を有する必要がある。1998年8月の時点でのAMEは5,646名であり、家庭医が48%、内科医が19%、航空医学が12%、一般外科医が6%、職業/産業医学が4%、眼科医が2.3%,他の専門家が8.7%(精神科医を30名程含む。)となっている。
AMEの継続年数は 5年以下が1,600名、6〜10年の継続者が714名、11〜15年が680名である。また、1年間に取り扱う航空身体検査の件数は、多い場合では1,000〜3,000件/年を実施しているAMEもいるが、これらは全体の0.8%のAME(45名程度)である。
- AME(指定医)の分布
全米を9つに分割した地域における申請者数の集計に基づいて、AMEの分布は半径50マイル(約93km)に1人、申請者数との比率は1:100を目途としている。このようにAMEは地域分布を考慮して配置されているが、申請者は自分の選んだAMEで(州を超えてでも)身体検査を受けることが出来る。
- AME(指定医)の任期、種別
AMEの任期は1年であり、資格を更新してAMEとして3年の経験を積めば第1種の身体検査を実施できるSenior AME(第1種〜3種の検査)になることも可能となる。Senior AME以外のAMEは第2種と第3種の申請者の検査・証明に限られている。
- AME(指定医)の指定、評価、更新
AMEは、自らが開業している医療施設で自らが検査を実施する建前であるから、新たにAMEになるには地域分布が考慮される。所定の申請用紙を出すと共にphysicianは5日間のBasic AME セミナーに参加し、そこのoffice staffは1日間のMedical Certification Workshopに出席することが義務づけられている。
Basic AME セミナーはMedical Certification Workshopであり、航空医学基準と航空身体検査証明の手順の教育・習得が中心になっている。
1年の任期の間、AMEはCAMIの Aeromedical Certification Division(AAM-300)とEducation Division(AAM-400)に監督されている。つまり、AMEが居住する地域での評価、AMEセミナーへの出席、実施した身体検査の判定の是非、申請書の正当性(誤記入、記入漏れ)、身体検査の実施件数等々の視点から評価される。具体的には、AMEとして指定された後の12カ月間に身体検査を全く実施していない、或は指定後の24カ月間の実施件数が15件に満たない場合、更には申請書に10%以上の誤りのあった場合にはAMEの資格更新をしないとしている。勿論、FAAの規定、規則、方針や 手順を無視又は知識欠如等々、17項目に上る事項について評価される。
これらの事項に重大な指摘項目がなく、かつ義務づけられているAMEセミナーを受講していれば資格が更新される。このような多岐に亘る管理は、地方航空医官(RFS)がAAM-300とAAM-400と連携しながら運営している。
- AME(指定医)の教育( FAA
sponsored
seminar )
1)AMEになるための講習(DoctorとOffice staff member)
Doctor(Physician):5日間のBasic AMEセミナーに出席する。これはMedicalCertification Workshopと言い、その内容は航空医学基準と航空身体検査証明の運用についてである。
Office staff member:1日間のMedical Certification Workshopに出席する。
2)AMEの資格維持に必要な継続講習(Regular セミナー)
指定医の任期は1年間だが、doctorとoffice staff memberは 3年毎の出席が義務づけられている。
Doctor(physician): Regular AME セミナーへの出席
Office staff member: Medical Certification Workshopへの出席
3)Multi-Media AME Refresher Course(MAMERC)の導入
3年毎のRegular AME セミナーへの出席の替わりになるように、1994年1月からこのRefresher Courseが設けられた。AMEのofficeにコンピュータ-を用意することになるが、フロッピーディスク, training program, 30症例に及ぶ航空身体検査の取扱いを示すビデオテープと補助資料から出来ている。航空医学基準に関する知識の評価、教育およびAMEの知識のテスト、更には適切な判定をするために、その知識を如何に応用するかを目的としている。自分のofficeや家でこれを訓練すれば、3年毎のRegular AME セミナーの出席が6年に延ばすことが出来る(officeを離れることもなく、旅費の節約にもなる。)。しかし、訓練を怠ったり、記入漏れや誤記入などの申請書に誤りの多いAMEは、このMAMERCではなくRegular AME セミナーを受講しなければならない。
4)新しい教育programの導入
1999年3月からは、"Clinical Aerospace Physiology Review for Aviation Medical Examiners"(CAPAMEC)の受講コースが新設される予定である。これは、飛行中の環境から受けて機能障害や機能喪失或は死に結びつく、様々なストレス要因に関する知識の普及を目的としたものである。
2.欧州における航空身体検査制度
1.JAA(Joint Aviation Authorities)の概要
- 背景
JAA(Joint Aviation Authorities)は共通の航空安全基準と手続きを協同で開発し適用することに合意したヨーロッパ各国の航空当局の代表からなるECAE(European Civil Aviation Conference:現在36カ国が加盟)の提携団体で現在27カ国(19カ国:full Members+8カ国:Candidate Members)が参加している。
JAAは1970年にJAA(Joint Airworthiness Authorities)と呼ばれる共同作業グループが設立され、主として共通の対空証明基準を作成することに起因している。その後、1987年からヨーロッパの競争力強化のため、経済統合の動きと相俟って国家間の共通基準JARs(Joint Aviation Requirements)を作成するに至った。
これらの統合基準は、航空機部品、航空機整備、航空機の運航及び航空従事者の資格認定の分野まで拡大され、これら共通基準JARsの開発を担う組織として、1989年にECACの提携団体として現在のJAA(Joint Aviation Authorities)が発足し、1990年にキプロスで「JARsの作成、受入れ、実施に関する協定」(JAA Arrangements)に署名が行われ、新規JAAの活動を開始した。
航空身体検査証明制度に係る基準は1996年に「JAR−FCL3(Medical Requirements)」として「JAR−FCL1(Aeroplane)」と共に採択された。この基準は1999年7月1日から有効となり、JAAに加盟している各国はこの基準を採用することとなる。
- JAAの目的
ヨーロッパ各国の航空規制システムの開発の過程で、その体制と細目に大幅な相違が生じるに至ったため航空規制基準の統合が必要となった。このため、ヨーロッパの一部の民間航空当局は、総合的で細部にわたる共通の航空基準を作成し、合意に至った。これがJAR(Joint Aviation Requirements)であり、その目的は合同事業に関する認可問題を最小限にして空輸による輸出入を促進し、ヨーロッパのある国で実施された整備が別の国の民間航空当局にも承認されるようにして民間航空輸送の規制を容易にするとともに、航空飛行士免許の交付と管理を簡便化することにある。
JARは、JAAの加盟国が他の手続きを要せずに免許又は飛行資格が通用するように、全種類の航空従事者免許についてJAR−FCL(Joint Aviation Requirements― Flight Crew Licensing)が制定されている。
1)目的
a)規則に関する協力を通じ、加盟国の間の共通で高い航空安全性を確保すること。
b)統一安全基準を適用することにより、加盟国間の公正で等質の競争に寄与すること。
c)ヨーロッパ産業の国際競争力向上に寄与するため、コスト効果の安全と当局の関与を最小限に達成すること。航空従事者免許制度の統一基準であるJAR-FCLのうち、航空医学部門はJAR-FCL3(Medical)として規程されている。その基準制定に至る指針は下記のとおりである。
2)JAR−FCLの制定
a)航空従事者免許の航空身体検査制度のJARであるJAR-FCL3の骨子にはICAOのAnnex-1を選択したが、適宜、必要に応じて項目を追加した。すなわちAnnex-1の内容を使用し、必要な場合には既存のヨーロッパ各国の基準をこれに追加した。
b)現時点ではJAR−FCL3の各国版が制定されていないが、各国がこの基準を運用した経験結果を基に今後のJAR-FCL3改訂に生かすことで合意がなされている。このため、JAA加盟国の航空当局は、自国の基準内容を早期に改訂するよう求められており、各加盟国は1999年7月1日の完全実施に向けて作業中である。
c)上記b)を含めたJAR-FCL3の基準項目の改訂は、JAAが定めた「改訂案の通知(NPA: Notice of Proposed Amendment)の手続きに従って実施されることになる。この手続きに従えば、JAA加盟国の航空当局、更には統合運営委員会(Steering Assembly)に代表権を持ついずれの団体もJAR−FCL3の改訂を提案できる。
d)JAA加盟の航空当局は、この合意に従ってJAR-FCL3の改訂を提案せずに自国内の航空身体検査基準の改訂を行わないことを確認した。
2.JAA加盟国における航空身体検査制度
JAAは航空身体検査制度において各国の事情を勘案することとしているが、JAR-FCL3(Medical)において制度上、必要最小限のことを規程しているため、ここに記すこととする。
- 航空当局の医学部門(Aeromedical
Section:
= AMS)
JAA加盟国は、航空当局内の該当部署に航空医学に精通した1名以上の医師を置くものとする。この医師は当局の一部を構成、或いは当局に代わる権限を有するものとする。また、この部門で取り扱う医学情報の秘匿性は特に尊重しなくてはならない。
- 指定機関(Aeromedical Centers:
= AMC)
JAA加盟国は、当局の判断により指定機関を設置するものとする。認可期間は3年以内であり、その数は当局により指定される。指定機関は国内にある病院、医療機関等であり臨床航空医学に関する業務を行うものである。 指定機関は航空身体検査に必要な設備を備えており、航空身体検査に対し高度な知識を有する指定医(AME)を配置しなくてはならない。
- 指定医(Authorised Medical Examiners:
= AME)
a)任命
当局は、国内の医師免許を有する者を航空医学検査医に任命する。(JAA非加盟国に居住する医師も申請国の定期的な確認と監督下において申請することができる)また、管轄内の操縦士人口と地域的分布から必要な検査医数と地域を決定する。AMEの任期は3年以内とする。航空身体検査の実施権限は第1種、2種及びその両方とする。AMEの任命基準は次の通りである。但し、1999年7月1日以前に任命されているAMEは再教育課程を除き当局が許可すれば新規航空医学教育を受講しなくてもよい。
・新規の場合は、臨床医師の免許を有し、航空医学教育を修得する必要がある。(後述)
・技能維持のため、少なくとも年間に10件の航空身体検査を実施していること。
・AME任命の更新時には、当局が適当と認める必要数の航空身体検査証明書を発行し、その任期内に再教育課程※1をうけなくてはならない。
・AMEは70歳になった時点で失効する。
※1.再教育課程
指定医更新に必要な教育で任期内において20時間を要する。このうち少なくとも6時間はNAA(National Aeronautic Association)が監督するリフレッシュコース(再教育課程)であること。
また、それ以外の時間(単位)について以下の学会等の加算が認められる。
@国際航空宇宙医学会(International Academy of Aviation and Space Medicine)の年次総会への出席(4日間10時間)
A宇宙航空医学協会(Aerospace Medical Association)の年次学術集会への参加(4日間10時間)
B加盟国のAMS(当局)が主催、承認した他の集会の参加
(AMSの直接的な監修を得た課題が最低6時間でなくてはならない。)
C航空機操縦室での実地経験(3年間で最高5時間まで)
a)搭乗訓練(5コース1時間) b)シミュレーター(4時間につき1時間) c)航空機操縦(4時間につき1時間)
b)AMEの教育
AMEは第1種及び第2種航空身体検査医に分類されるが、第2種(初級)及び第1種(上級)になる課程を以下に示す。
第2種航空身体検査医になるためには、実地検査を含めた基礎教習課程※2を最低60時間受講しなくてはならない。基礎教習課程終了後は試験を行い、その合格者には証書を交付する。AMEへの任命はAMS(当局)によって行われる。
第1種航空身体検査医になるためには、基礎教習課程に合格し、上級教習課程※3を最低120時間受講して、更にAMS、ATC、シミュレーター等の航空関連施設における実地教習と見学を行わなくてはならない。なお、第1種の教習課程は3年間まで延長でき、教習課程終了後は試験を行い、その合格者には証書を交付する。AMEへの任命はAMS(当局)によって行われる。
(第1種、2種航空身体検査医とも当局によりAMEの数を管理しているため、受講したとはいえ必ずしもAMEになれるとは限らない。)
※2.基礎教習課程
1)航空医学の序論、2)大気圏と宇宙物理学3)航空学の基礎知識4)航空生理学
5)眼科学6)耳鼻咽喉科7)心臓病学及び一般内科学8)神経学9)航空医学と精神科学
10)心理学11)歯科学12)事故と脱出・サバイバル術13)法規、規則と規制14)救急輸送
15)薬物療法と飛行16)総括以上の16項目から成る実習を含む60時間の基礎教習課程
※3.上級教習課程
※2.の基礎教習課程に加え、1)操縦士の職務環境2)宇宙航空生理学3)眼科学4)耳鼻咽喉科学
5)心臓病学及び一般内科学6)神経・精神科学7)ヒューマンファクター8)熱帯医学9)衛生学10)宇宙医学
11)総括以上の11項目から成る実習を含む合計120時間の上級教習課程。
JAA民間航空医学マニュアルの概要
下記23の章に分けて、262ページにわたり、詳細な記述がされている。この部分に航空医学に関する専門家として必要とされるものが網羅されている。
・航空医学的な適性とは・航空身体検査・航空医学的リスクの判定法・特別交付・再審査手続き ・航空心臓病学・呼吸器系・消化器系・代謝、栄養および内分泌系・血液疾患・尿路疾患・生殖器系・性感染症およびその他の感染症・筋骨格系・航空精神医学・航空神経病学・航空眼科学・航空耳鼻咽喉科学・航空心理学・皮膚科学・腫瘍・熱帯医学・薬物療法と飛行
上記のうち、特に航空心臓病学、精神医学、眼科学、耳鼻咽喉科学、熱帯医学に関しては、航空医学における該当分野の重要性からも、詳細な説明がなされており、非常に参考になる。以下に、特にわが国の基準との相違に注目しながら、概説する。
a)航空心臓病学
狭心症、心筋梗塞、PTCA, CABG、ペースメーカー挿入、弁置換術なども、一定の要件(詳述されている)を満たせば、一種OMLに限定してではあるが、航空身体検査証明書の交付対象となることが記載されている。
b)呼吸器学
特に喘息に関して、クロモグリク酸ないし、コルチコステロイドの吸入療法で容易に管理できる場合には、一種OML(二種OSL)限定で許可されている。JAAにおいてもブラの存在は不適格条件となっている。しかし、ブラを発見するための胸部X-p検査は、前述の通りの頻度とされている。
c)消化器系
再発性、慢性の膵臓炎は、その予後が予測不可能で機能喪失を起こすことから不適格とされている。肝臓移植は安定していれば、一種OMLおよび二種が交付される。
d)代謝、栄養および内分泌系
甲状腺機能亢進症・低下症に関しては、機能正常化後にAMSの判定となる。その他、多くの内分泌疾患が詳細の述べられており、ほとんどにおいて、AMSでの判定が行われると記載されている。
糖尿病に関しては、ビグアナイド製剤の内服は許可されている。(一種OMLおよび二種)高尿酸血症・痛風発作後の内服は不適格とはならない。急性の痛風発作に対する治療は、投与24時間を経過すれば適格とされる。
e)血液疾患
基準としてはヘマトクリット32 - 55 %とされている。各種のヘモグロビン異常症について詳述されている。
血小板数は75,000 - 750,000と規定されている。急性骨髄性白血病のみが不適格であり、他の血液悪性疾患は、条件を満たせば適格とされる。
f)尿路疾患
慢性腎炎ではCCrが20ml/min.以上は適格。腎臓移植も安定すれば再交付の対象とされる。
尿路の残存結石は不適格。
g)生殖器系
妊娠した女性飛行士に対しては、妊娠合併症について助言した文書を渡した上で、毎月の健診を義務とした上で妊娠第26週まで飛行可能とされている。(一種OMLおよび二種)
h)性感染症およびその他の感染症
AIDSについて
HIV陽性であっても、T4とT8リンパ球の比率が1以上であるか、T4が300個/ml以上であれば制限付き再交付の対象となる。
i)筋骨格系
特記すべきもの無し
j)航空精神医学
20ページにわたり詳細に記述されている。
特に、アルコール中毒に関しても詳細に記されている。
k)航空神経病学
頭部外傷、髄膜炎、脳血管障害、代謝性脳障害、ギランバレー症候群、ナルコレプシー、てんかん等について詳述されている。一過性脳虚血発作でも不適格とされる。
てんかんについては、扱いが難しいことが述べられているが、薬物療法は禁止されている。脳波の解釈は発作性の律動、光誘発性の痙攣反応、棘徐波結合などが不適合と考えられている。
l)航空眼科学
航空医学における眼科領域の重要性を説くためか、48ページにわたり詳述されている。裸眼視力の規定はなく、第一種では矯正視力片眼0.7以上、両眼で1.0以上とされている。眼圧測定は50歳以後2年に一度とされている。
また、通常時は視力測定(中間視力・近方視力を含む)のみであり、眼科検査報告書に記載されている詳細な検査については、第1種では、40歳未満は5年間隔、40歳以上2年間隔、第2種では眼科は初回のみとされている。
視野は「正常であること」と、規定はされているが、検査法は対面式でも可とされている。色覚も「正常であること」とされてはいるが、最終的に信号灯試験で可とされている。
放射状角膜切開術および光学的角膜屈折矯正術に関しては、基本的には禁止しているが、術前の屈折以上が5ジオプトリー未満で、術後の屈折力と視機能が安定し、グレア感受性の亢進がない場合に限り、術後12ヶ月を経過した時点で飛行復帰が認められる可能性があると述べられている。
単眼に関しては、基準を満たせば二種に限り交付されることがある。職業的な操縦士は、正規の副操縦士として、もしくはその同乗下に限るという限定付きで交付されることがある。
m)航空耳鼻咽喉科学
耳鼻科領域も重要視されており、22ページにわたり詳述されている。
ただし、通常時は気密型耳鏡検査、前鼻鏡検査、語音弁別試験のみであり、耳鼻科検査報告書に記載されている詳細な検査については、第1種では、40歳未満は5年間隔、40歳以上2年間隔、第2種では必要時とされている。
また、前庭機能、空間識失調に関して詳細な記述がなされている。
n)航空心理学
航空機乗員の過酷な勤務状況やストレスを考慮して、心理学に関しても説明がなされている。
o)皮膚科学
乾癬、バラ状ひ糠疹、扁平苔癬、真菌感染、癜風、カンジダ感染、単純ヘルペス、帯状疱疹、毛瘡、薬疹、天疱瘡、悪性腫瘍、全身性疾患に伴う皮膚病変、疥癬等が記述されており、各々について、細かく一時的不適格期間が規定されている。
p)腫瘍学
操縦士集団に最も多く認められる4大腫瘍である悪性黒色種、結腸・直腸癌、精巣腫瘍、リンパ腫について記述されているが、ここで、注目すべきは、各々の各臓器への転移率をみて、脳や骨髄といった機能喪失につながる臓器への転移の可能性から、その腫瘍をいかに取り扱うかを決定している点である。
q)熱帯医学
わが国ではあまり重視されていなかったが、JARにおいては熱帯地方での過ごし方から、留意点まで記載されている。マラリア、黄熱病、デング熱、フィラリア、オンコセルカ、トリパノソーマ、アメーバ、コレラ、髄膜炎、ウィルス肝炎、住血吸虫症、ハンセン氏病、出血熱について解説されている。
r)薬剤療法と飛行
「薬剤と飛行」の章に、13ページにわたり、各疾患ごとに詳細に述べられている。特に、熱帯医学に関連し、ワクチン使用や、抗マラリア薬についても詳細に記述されている点が特徴である。
「薬物療法と飛行」の補足説明
薬剤一覧表には代表的な薬剤のみを示す。いずれの薬剤でも、個々の患者の薬物療法に対する感受性とその臨床像の他の全側面を考慮に入れる必要がある。したがって、この補足は AMCと AMEのための参考資料であり、 JAAが航空機乗員の職務に必要であると定めた決定的な基準として使用してはならない。また JAAがこの表の内容に責任を分担することはない。JAAの各加盟国について薬剤の専売名、一般名、承認名を特定することはできなかった。この理由から、各国の AMSは詳細なデ−タに関する照会があればそれに応じる必要がある。