突発性機能喪失(Sudden Incapacitation)
インキャパシテ−ションとは能力を失うことを意味しますが、航空界で使われる場合は、航空機乗員が何らかの理由によって操縦能力を喪失することを意味します。米国国家運輸安全委員会(NTSB)による突発性機能喪失に関する報告書の中では、インキャパシテ−ションとは航空機の操縦が不能となるような乗員の身体的状態を意味するとしており、操縦不能には至らないが身体機能の低下を来して操縦機能が限定されている、すなわち操縦に支障が出ている場合は、インペアメント(impairment)と呼んでいます。
航空身体検査の主な目的の一つは突発性機能喪失の防止であり、航空従事者の免許の国際標準および勧告方式を定めた国際民間航空条約第1附属書には、航空身体検査証明を受ける者は、航空機を安全に運航すること、または与えられた業務を安全に遂行することを突然に不可能にするおそれのある、いかなる疾患または障害も有していてはならないとしております。 かなり古いものではありますが、1969年のICAOの調査報告によれば、1961年から1968年の間に、パイロットの突発性機能喪失による次の5件の事故が発生し、147名が死亡しているとされています。
- 1961年5月24日、オ−ストラリア ブリスベ−ン近くで夜間に目視による最終進入を行っていたDC−4型貨物機を操縦していた44歳の機長が心臓発作を起こし、スロットルに倒れ込み、全ストットル レバ−をアイドル位置に押し倒してしまった。機体は墜落し、唯一の同乗者であった副操縦士も死亡した。
- 1962年12月14日夜間、米国カルフォルニア州ノ−スハリウッドにおいて、ILS最終進入中のロッキ−ド1049型貨物機を操縦していた38歳の機長は冠動脈疾患による心臓発作を起こし操縦不能となった。副操縦士は経験不足のため機体の操縦を回復することができず、機体は墜落し搭乗者全員が死亡した。
- 1966年4月22日、米国オクラホマ州ア−ドモアにおいて、ロッキ−ド188C型機が空港に進入中に墜落し、15名の生存者を残し83名が死亡した。検死の結果、59歳の機長は冠動脈硬化が著しく進行していたことが判明し、飛行中に心臓発作を起こした可能性が大きいとされた。当該機長は狭心症および糖尿病のため、18歳から投薬および治療を受けており、航空身体検査のライセンスも偽造していたことが判明し、以後、航空身体検査の質を向上させる契機となった。
- 1966年1月15日、コロンビア カ−タジェナにおいて、DC-4型機が離陸して数分後、機長は冠動脈閉塞(検死によって確認)を起こした。機体は海中に墜落し、8名の生存者を残し56名が死亡した。
- 1966年12月8日、悪天候下にノルウェ−オスロ空港に進入中のCV-440型機において、高度50ftで左席に座っていた45歳の副操縦士が操縦桿に倒れかかった。(ショルダ−ハ−ネスを着用していなかった。)機長は直ちに操縦操作をとって代わったが、機体は大破した。死亡した操縦士は13ヶ月前に胃腸疾患に罹患した際、心電図所見も指摘されたが、その後回復し心電図も(負荷心電図を含め)良好となったため、乗務に復帰していた。