航空身体検査マニュアル
T.目的
このマニュアルは、航空機の安全な運航を確保する目的のために行われる航空身体検査証明において、航空機乗組員の心身の状態が航空法施行規則別表第四の「身体検査基準」に適合するかどうかについて検査及び判定を行うにあたり、その検査及び判定の方法の適正かつ統一的な運用を図るための指針である。
U.航空身体検査及び証明実施上の一般的な注意及び手続き
1.航空身体検査証明の意義
- 1−1
- 航空機の安全な運航を確保するため、航空機に乗り組んでその運航を行う者に対して、その業務を遂行するために必要な心身の状態を保持しているかどうか検査し、これを保持している者にのみ航空身体検査証明を行う。航空身体検査証明を有していなければ航空業務を行ってはならない。
- 1−2
- 航空業務を遂行するために必要な心身の状態を保持しているかどうか、すなわち航空医学的な適性があるかどうか検査及び判定を行うために、身体検査基準(航空法施行規則別表第四)及びこのマニュアルが定められている。
- 1−3
- 航空身体検査証明の有効期間(以下、「有効期間」という。)は航空法第32条及び航空法施工規則第61条の3の規定に基づき、航空身体検査を受ける者が有する技能証明の資格ごとに、その者の年齢及び心身の状態並びにその者が乗り込む航空機の運航の態様に応じて定められている。 身体検査は、これを行う時点における心身の状態について断面的な検査を行うものであり、航空身体検査証明は、その有効期間中、航空業務に支障を生ずることがないことを保証するものではない。航空法第71条には、航空機乗組員は、身体検査基準に適合しなくなったときは、航空身体検査証明の有効期間中であっても航空業務を行ってはならないと規定されている。
- 1−4
- 航空医学的な適性と良好な健康状態は必ずしも同義ではなく、健康であっても不適合と判定される場合もあるし、逆に、完全な健康状態と言えないまでも適合と判定されることもあり得る。航空医学的な適性があるということは、以下の状態を意味する。
(1)航空業務を実施するために必要な心身の状態を保持し、その状態が飛行のあらゆる状況下で安全に飛行するために必要な水準以上である。
(2)その状態を航空身体検査証明書の有効期間中引き続き維持していると予想される。特に、飛行中の急性機能喪失(インキャパシテーション)は航空の安全にとって重大な脅威であることから、急性機能喪失を起こすリスクを排除することが重要である。
2.指定医の責務
- 2−1
- 指定航空身体検査医(以下「指定医」という。)は、航空法第31条 第1項に基づき航空身体検査証明を行う権限を与えられている。
- 2−2
- 指定医は、航空法第31条第3項の規定に従い、身体検査を行う場合において、身体検査基準を検査結果に適用するときは、この航空身体検査マニュアルに従い厳正かつ慎重に行わなければならない。この場合において、検査結果が身体検査基準に適合するか否か不分明なときは、航空身体検査証明を行ってはならない。
- 2−3
- 指定医は、申請者が虚偽の申告やその他の不正な手段により航空身体検査証明書の交付を受けようとしたと認められる場合には、航空法施行規則第61条の4第3項の規定に従って、遅滞なく、その旨を国土交通大臣に報告しなければならない。
- 2−4
- 指定医が航空法第31条第3項の身体検査基準に適合しない者について航空身体検査証明を行うと、航空機の安全な運航に支障を及ぼすおそれがあるため、航空法第149条の2には、この場合の指定医に対する罰則が設けられている。
3.身体検査の方法
- 3−1
- 指定医、又は航空身体検査指定機関において検査に従事する医師(以下「検査医」という。)は、申請者が申告した既往歴、医薬品の使用等について問診によりその事実を確認するよう努めなければならない。この場合、指定医又は検査医は申請者の同意を得たうえ、申請者の日常の健康管理を担当している医師、家族等から必要に応じて所要の情報を入手し、既往歴、医薬品の使用等を確実に把握するよう努めなければならない。
- 3−2
- 指定医は、検査医及び検査の一部を依頼した他の医療機関等に対し、航空身体検査証明制度について十分に理解させるとともに、自己の責任の下に航空身体検査証明を行わなければならない。
- 3−3
- 指定医は、申請者が常用している医薬品の使用により、航空機の正常な運航ができないおそれがあると認められる場合は不適合とする。その医薬品の使用により、航空機の正常な運航ができないおそれがあるかどうか不明な場合は不適合とし、国土交通大臣の判定を受けること。この場合、疾患の背景・医薬品の使用に起因する効果等を詳述して申請すること。
- 3−4
- 申請者が一時的に医薬品を使用している場合において、身体検査結果に影響を及ぼしていると判断された時は、医薬品の使用が終了した後に受検させるものとする。
- 3−5
- 指定医又は検査医は、既往歴、問診及び検査を行った結果及び所見、医薬品を使用している場合には副作用の有無、その他判定の根拠となる事項を必ず航空身体検査証明申請書の医師記入欄に記入すること。
4.大臣判定申請
- 4−1
- 指定医は、航空身体検査の結果、不適合と判定した申請者に対し、航空法施行規則第61条の2第3項による国土交通大臣の判定(以下「国土交通大臣の判定」という。)を受けることができる旨を通知すること。指定医は、申請者が国土交通大臣の判定を受けようとするときは、航空身体検査証明申請書の写しに必要な検査資料等を添付して、国土交通省航空局安全部運航安全課あて提出すること。
なお、必要な資料は、V.航空身体検査項目等の備考欄に示しているので参考にすること。 - 4−2
- 国土交通大臣の判定において、申請者が航空業務を行うのに支障を生じるかどうか評価を行うため、実機又は模擬飛行装置等を用いて操縦室における運動機能等に関するチェック又は医学的飛行試験を要求する場合がある。また、申請者が提出した検査資料等に不足や疑義がある場合、その他評価のために必要と認める場合には、他の医療機関で受けた検査資料等の提出を要求する場合がある。
- 4−3
- 国土交通大臣は、必要があると認めるときは、国土交通大臣の判定において適合するとみなされた者が新たに航空身体検査証明を申請する場合は、当該者に対し、航空法施行規則別表第四の規定の一部に適合しない原因となった傷病の症状の検査等を受けるべきこと等を指示することができる。
- 4−4
- 国土交通大臣の判定を申請し、国土交通大臣が適合するとみなす判定をした者(4−5の特別判定指示を受けた者を含む。)のうち、病態又は身体的異常が完治、欠損治癒又は固定し、航空業務に支障を来すおそれのある状態に進行しないと認められるものは、国土交通大臣の指示(ケースクローズ指示)に基づき、それ以降の身体検査においては、指定医は当該事項について基準に適合すると判定してよい。
- 4−5
- 国土交通大臣の判定を申請し、国土交通大臣が適合するとみなす判定をした者のうち、所見が安定しているとして国土交通大臣が特に指示(特別判定指示)するものは、それ以降の身体検査においては、国土交通大臣が当該者及び指定医に対して別途通知する事項に関して行った検査の結果に新たな変化が認められなければ、当該指定医は当該事項について基準に適合すると判定してよい。
- 4−6
- 国土交通大臣又は指定航空身体検査医は、身体検査基準の一部に適合しない者のうち、国土交通大臣がその者の経験及び能力を考慮して身体検査基準に適合するとみなした者について、有効期間を短縮することができるものとする。ただし、指定航空身体検査医は、国土交通大臣の指示に基づいてのみ、有効期間を短縮することができるものとする。
5.個人情報の保護
- 5−1
- 指定医は、「個人情報の保護に関する法律」(平成15年法律第57号)等に基づき、個人情報の適正な取扱いを行うこと。
- 5−2
- 指定医は、法令に基づく場合等を除き、申請者本人の同意を得ないで、航空身体検査証明以外の目的で、身体検査で知り得た情報を取り扱ってはならない。
- 5−3
- 国土交通大臣は、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号)」第8条に従って、法令に基づく場合を除き、航空身体検査証明以外の目的のために個人情報を利用し、又は提供しない。
6.その他
指定医は自らの航空身体検査証明を行ってはならない。